アラビア竜血伝説の島で起きた異変
中東にあるイエメン共和国。ここは海のシルクロードの要所として遙か昔から栄えてきました。このイエメンに、シンドバッドも立ち寄った場所があり、そこには竜の血でできた宝石「シナバル」があるとされてきました。その場所が、ソコトラ島です。
このソコトラ島には、ボトルツリーと呼ばれる瓶のように膨らんだ幹と可憐な花が咲く植物が生息し、砂漠のバラ”デザートローズ”と言われています。このように水分をためる太い幹をもった植物が数多く存在し、この島は植物のガラパゴスと呼ばれるほど植物の楽園が広がっています。
竜血樹もそんな植物の一つで、この木こそ冒頭に紹介したシナバルの秘密を解き明かす鍵をもっているのです。その竜血樹の森が広がっているハグハル山脈の麓にあるシュバホン村。ここは、年間降水量が250mmと非常に少ないにもかかわらず、竜血樹は立派に育っています。
海からの湿気のあるモンスーンが、ハグハル山脈にぶつかってその麓にあるシュバホン村は深い霧に包まれます。これが竜血樹を育んできました。竜血樹の不思議な形は、樹冠で霧を水分に変えて地面に落とし、それを樹が吸収しているのだと言われていてその形には理由があったのです。
その竜血樹の幹から村人であるアブドラ・サードさんが削りだしているのがシナバルです。赤い宝石の正体は竜血樹の樹脂だったのです。このシナバルは古くから万能のクスリとして消炎や止血に、そしてニスとしても利用されてきました。その歴史は古くローマ帝国や中国でも利用されていた記録が残っています。
当然、シナバルは貴重な現金収入の元になり乱獲になってしまう危険性もあるのですが、シュバホン村には大切な掟があります。それは、樹脂を取ったら2年間はその木を休ませるというルール。これによって、乱獲を防いで来ました。
ところが、ソコトラ島での均衡を崩してしまった出来事が2008年に起こりました。それは、ソコトラ島の豊かな自然から2008年7月に世界遺産に登録されたこと。それと共に世界中から多くの観光客が訪れるようなりました。
島の中心街などで多くの観光客がシナバルを様々な理由で購入することによって樹脂バブル状態になり、それと共に売り手が急増して、供給過多によって仕入れ値の減少を引き起こす結果となってしまいました。村の中にも掟破りがいるのではという疑いが生まれ始めます。
そうやって村人が議論している間に、事態はより深刻な状況へと進んでいたのです。なんとこれまで稼ぎのもとであった竜血樹が次々と枯れ始めてしまったのです。村人であるアブドラさんは、「太陽が沈んでいく・・・竜血樹が枯れていく・・・・」と嘆きの歌を歌います。まさに村人にとって危機的な状況に陥ってしまったのです。
この問題に対して、ソコトラ環境保護期間(EPA)のナディーム・タレブさんは、村に霧が減っているのが原因だと指摘しています。桐が減ってしまった原因は、地球温暖化でした。村の地表温度が上がり、上昇気流が発生してしまったため、山脈のはるか上の方で霧が出るようになってきてしまい、その結果として竜血樹が水分を吸収することができなくなってしまったのです。
このままでいくと、あと30年で消えてしまうでしょう。それを早速ナディームさんは村の人に伝えます。これまで地球温暖化について考えたこともなかった村人は、深い悲しみの中で「変わりになる樹なんてないんです。」と訴えます。このままでは子や孫の時代に竜血樹が消えてしまいます。アブドラさん達は、早速竜血樹の苗木を植えることにしました。
世界遺産登録によるシナバルブームも、環境問題が解決されて初めて成り立つこと。日本からはるか離れたこの場所へも、自分たちは大きな影響を及ぼしているのです。
【参考】素敵な宇宙船地球号 2月1日
旅行人 2005年冬号 イエメン 徹底ガイド完全保存版 (2005/01/25) 佐藤寛/小松義夫 |