あえて不便にすることで生まれる安心
人間はより豊かに、そして便利さを追求してきた結果、めざましい発展を遂げてきました。それによって自分たちの生活も少しずつ変化し身の回りに不便だと感じるようなことは段々と減りつつあります。それは快適な生活を手に入れることができる反面、昔から当たり前のように行っていたことさえ文明に依存してしまうことによって何かを失っていくことにもつながっています。人間はそうやって進化してきたのですが、なくしていいものといけないものを客観的に振り返ってみる必要がありそうです。
その反動からか、逆にその便利さをなくし不便にすることによって得られる安心というものが今自分たちの生活の中で増えつつあります。今回は日経新聞の記事の中からそのような「あえて不便」にすることによって得られる安心をテーマに紹介したいと思います。
1.ATMで「圏外」
振り込め詐欺事件の影響で、2008年に千葉銀行で導入したATM付近で携帯電話を圏外にする仕組みが広がりつつあります。自分の子供と偽った犯人から電話の中で口座番号を聞きながら振り込みを行うことを防止するものです。ATM付近でなくても口座番号を予め聞いてそれを紙に書いて持ち込んだ場合には効果が出ないのですが、「振り込め詐欺に気をつけよう」という警告という相乗効果を期待することができます。
2.道路の凸凹
広島県世羅町にあるフルーツロードでは、道路にあえて凹凸をつけ運転中のドライバーに減速を促しています。面白いのはただ凸凹をつけるのではなく、そこを走るとタイヤと路面によってメロディーが奏でられるということにあります。フルーツロードでは「となりのトトロ」の「さんぽ」、群馬県草津町では「草津よいとこ 一度はおいで」で始まる草津節が聞こえてきます。
3.急行をなくし各駅停車に
ダイヤ改正では急行電車の増発などが盛んに行われていますが、みんな早く目的地に着きたいのは同じ思い。当然急行電車に人は集中します。それによって逆にダイヤ改悪になってしまい電車遅延が生じていました。そこで朝の通勤時にある区間内をすべて各駅停車にしたのが東急田園都市線です。渋谷と二子玉川の間を朝すべて各駅停車にしたところ、混雑率が緩和されたそうです。
4.案内板のない旅館
京都・嵐山にある旅館「星のや 京都」では、旅館につくまでの移動手段は船のみで宿についても案内板は一切無いといいます。自分で判断するのではなく誰かを頼りにコミュニケーションを少しでもとってもらえたらという意図が様々なところに散りばめられています。他に、能登のとある宿では携帯電話が一切通じない場所もあります。これによって日常に縛られた生活から切り離されて、しばしの間気持ちが解放されるのです。
5.入り口の狭い茶室
日本では古来から不便にすることによって、それを美とする文化が存在しています。例えば茶室の入り口はあえて小さく狭く作られています。中にはいるのにかなり屈んで入る必要があり、中はそこまで広くはありません。せいぜい数畳ほどでしょうか。ここには、立った姿勢よりも座った姿勢の方が天井が遠く広く感じるという視覚効果を狙っているという考え方もあります。狭い空間によって目の前にいる客人やお茶、話に集中できるというメリットもあるでしょう。
このように、自分たちの生活のなかにはあえて不便にしていることが数多く眠っています。その裏には不便にする代わりに得ることができる安心と心の安らぎがあるのです。例えば、自分で農作物を育てることで収穫して食べるときの美味しさを感じることができるでしょう。今、改めて何かに頼るのではなく自分の力で行動することの大切さが求められているのかもしれません。
【参考】日本経済新聞 2010/02/01
たのしい不便―大量消費社会を超える (2000/06/20) 福岡 賢正 |
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