あしたまにあーな

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あしたまにあーな > 岸谷五朗


江 -姫たちの戦国- 第33回「徳川の嫁」

2011年8月 31日 By: rainbow Category: 2011年_江 No Comments →

関ヶ原の戦いがどのようなものだったのか、それをしっかりと把握したいという思いから、司馬遼太郎の「関ヶ原」という時代小説3巻を読んでみました。そこには、秀吉の死語に家康が考え抜いた様々な諜略とそれを支えた本多正信の動きがつぶさに記述されていて、スリリングな状況がそこにはあったことを知ることができます。

それを見ているからなのかもしれませんが、今回の江というドラマの中で描かれる家康や正信はずいぶん丸く優しい人物に描いているようで、そのギャップに悩まされています。例えば、三成が豊臣ゆかりの武将たちに囲まれて家康のもとに駆け込むシーン。

これは上記「関ヶ原」の中でも登場したものですが、そういった状況に至る背景がかなり割愛されていて、なぜ豊臣ゆかりの武将たちがぶちぎれているのか、というかそもそもその武将たちも今までほとんど登場していないので、「誰?」という感じで唐突感が否めません。

もちろん、江が主人公のドラマなのですからこういった江以外のキャラクターについて軽くなってしまうのは致し方ないのですが、それにしても「関ヶ原の戦い」は江にとって姉妹が二つに分かれてしまうという悲惨な出来事のはず。それこそしっかりと「なぜそのような状況になってしまったのか」を描かなければ、姉妹の悲惨な状況を、見る人は「悲惨だ」と思うことはできないでしょう。

北政所が大坂城を去っていって、その代わりに家康がやってくるシーンも何となくさくっと終わってしまった感があります。北政所は以前、「これから淀殿と私は生きていく道が違ってくるかもしれません」と伏線を張っていたにも関わらず、その本流が来た今回は淀と北政所が静かにトークをして、すんなりと別れていきます。おそらく脚本家の人にとってこのシーンもあまり重要ではなかったのでしょう。

そういった時代背景よりも、江戸城での大姥局からの仕打ちの方がすごく大切だったのかもしれません。長い時間をかけて、男の子を産むための仕打ちや子供が生まれてから名前をつけるところでのシーンが重要だったのでしょう。結果として生まれてくるのは女の子ですが、男の子の名前が書かれた紙をはじめは出して、それをわざわざ否定して女の子の名前を書くというフェイクを使っています。この時代にあってそんな小細工があったのでしょうか。そうされても視聴者は全然嬉しくないのですが。

なんか、今回のドラマを見ていると、なにが大切で何を見せたいのかよくわからなくなってきました。その行間も視聴者で補うことを求められているのだとしたら、ある意味新しい大河ドラマだと思います。残りも少なくなってきたのですが、江の生き様を最後には深く知ることができるようになれればいいと切に思いながら、次回に期待したいと思います。

◆江紀行◆
滋賀県彦根市
 - 佐和山城趾

江 -姫たちの戦国- 第32回「江戸の鬼」

2011年8月 21日 By: rainbow Category: 2011年_江 No Comments →

毎回思うのですが、タイトルの付け方がすこしおかしいような気がしてなりません。今回の江戸の鬼というのはおそらく今回から登場した加賀まりこさんのことを示しているのだろうと思いますが、その登場時間はラストのわずか数分。ほとんどは、江が京から江戸へと出立するために挨拶回りをするところにあてられています。

今回のポイントは、政治の世界でいうと秀吉が亡くなって徐々に勢力を強めつつある家康と、豊臣家を守ろうとする三成の亀裂ができはじめるという大きな転換期を、江がどのように過ごしていくのかという場面だと思います。三成が家康の暗殺を狙っているといううわさから家康は息子の秀忠を江戸へ避難させることにします。

そうなると、江としても今まで身近にいた人たちとなかなか会うことができなくなってしまうので、今までお世話になってきた人たちへの挨拶回りにいってくるという設定になっています。訪問される側としては完全に不自然な訪問なわけですが、理由は決していってはならないとのことなので、不自然ながらもガラシャ、初、龍子、そして淀を訪ねることになります。

初には会ったあと「姉様にお別れも言えないのは、」と冷めた感じで言っていたのに対して、淀に対しては「姉上に嘘は言えない」といって、自分の訪問理由を話します。ここで江からみた初と淀の信頼度は全然違うことが露骨に現れることになってしまいました。きっと日頃から初は「江、子供を産んで一人自分にくれ」などといっているから愛想を尽かされてしまったのかもしれません。

普通に挨拶を済ました後、淀のはからいで娘・完にあうことができる江ですが、自分のことを母親であるという認識がない完を見て、ようやく何かが吹っ切れたのでしょう。涙を見せながらも、もはや完は自分の子供ではないのだと実感させられたのだと思います。たった数年会っていないだけで親の顔を忘れてしまうのは自分の一人の親として悲しいことだなと思います。もし自分の子供に他人行儀にされてしまったら、胸が張り裂けてしまうのではないかと苦しい思いでこの場面を見ていました。

今回の最大の見せ場は、段々と大人らしくなっていく秀忠の姿でしょう。石田三成を呼んで自ら忠告をしたり、この先の石田三成の危うさを指摘したりして、これまでにない政治的側面を見ることができました。こういった場面を少しずつ出してくれれば、大河ドラマファンとしては心が落ち着くのではないでしょうか。

次回は、最後に登場した加賀まりこが、存在感たっぷりな大姥局として江戸城を闊歩します。加賀まりこと大河ドラマという組み合わせがまだしっくりと来ていないので、次回からしっかりと確認したいと思います。

◆江紀行◆
東京都千代田区
 - 神田明神
 - 魚河岸水神社
 - 日本橋日本橋魚河岸跡
 - 中央卸売市場 築地市場

江 -姫たちの戦国- 第31回「秀吉死す」

2011年8月 14日 By: rainbow Category: 2011年_江 No Comments →

前回、命がけで江を守った秀忠ですが、その後の様々な方の感想を見ていると一様に「どうして家臣が率先して秀忠を制止して自分が行かなかったのか」という疑問がわき上がっているのがわかります。ここは、余計な人を一切排除した演出なので、もはや歴史がどうだというのではなく演出としてどうしたら効果的だということが念頭にあると考えて見た方がいいと思います。

江はその事件以来一転して、秀忠のことを慕う気持ちに切り替わっています。この手のひら返しにしばらくついて行けなかったのですが、秀忠としては今まで通り自分たちがやりたいようにしようと冷静を保ちます。その冷静な態度が後に崩れていくことになります。

そのきっかけが、江と秀忠の間に生まれた千姫でした。名前は竹千代の間の文字から取ったものだといいますが、子供ができたときにはあまりうれしがらなかったにも関わらず、生まれてみるとかわいいことがわかり、次第に実感を持って行ったのか、溺愛するようになります。にこにこしながらかわいいと抱きかかえる姿は、これまでのクールな秀忠からは想像しえない状況であり、この姿こそが家康が望んだ心を開くということなのかもしれません。

しかし、家康は千を豊臣秀頼に嫁がせることを早々に決めてしまい、あたかも自分の子供のように扱います。このときに秀忠がどのように振る舞ったかは描かれていませんが、江は自分の子もまた政治の道具とされる運命を嘆くことになります。後にも出てきましたが、江は様々な逆境に経たされながら生き抜いていきたという人生であることがわかります。そういった基本路線がようやく今回理解できました。

次第に衰えていく秀吉の描写も、行ったり来たりしている感じがしてなりません。家康のもとに見舞いに訪れた秀吉は足取りも元気で江からにらまれておどおどしているかと思いきや、縁側で血を吐いてしまいほど衰えてしまいます。その後、花見で踊りを見せたかと思いきや再び寝込んでしまいます。この落差がすごいのに、本当にそうなのかなと思ってしまいます。

それにしても、ほとんどの視聴者の方が桜の花びらおすごさに驚いたのではないでしょうか。目の前が完全に桜で覆われてしまうほどものすごい量を振らせてくれたスタッフの皆様、本当にご苦労様です。部屋の中まで入ってくる桜吹雪が圧巻でした。

そしてとうとうそのときがやってきます。江に会って「幸せになってくれ」と言い残した秀吉はその勢いでなくなってしまうのではないかと思ったのですが、さすがに秀吉を看取ったのが江、というシナリオは脚本としてかけなかったようで、最後は北政所のもとでなくなっていきます。

すでに、三成と家康の戦いのフラグが立っていて次回からは激戦を繰り広げることでしょう。ものすごい早い勢いで過ぎていく重要場面ではありますが、ここからが江の本番です。残り少ない時間の中で何に時間を費やすのか興味があるので、見続けたいと思います。

◆江紀行◆
京都府京都市
 - 醍醐寺
 - 三宝院庭園