八重の桜 第29回「鶴ヶ城開城」
人生というものは本当に紙一重の世界であるということを痛感させられます。補給路を奪還するために決死の思いで出陣していった権八さんは、無事に米俵をGETした帰りに銃弾に倒れます。しかし、その数日後には降伏という形で多くの藩士が命をつなぐことになるのです。歴史にタラレバは無用ですが、ここでもっと早く降伏を受け入れていたら、頼母の進言の場面で決断できていたら権八の命は救われたのです。
しかし、容保の決断はほんの少しだけ遅くなり、ついに降伏ということに。最後の命令である「生きよ」という言葉に家臣だけでなく自分もほんの少しだけうるっときてしまいます。自分が会津藩の最後といういうことに責任を感じる容保に対して、突然進言したのが八重でした。この場がどのようなメンツが集められたところなのか謎ではありますが、この集まりの中に八重がいたのがどうしてもわかりません。最後は八重の戦状況が認められ、男達に混じってこういった集まりにも呼ばれるようになったのでしょうか。
八重は、会津は逆賊ではない、何にも悪いことはしていない、というこれまでの持論を展開した上で、殿様も生きて欲しいと願い出ます。これに家臣も呼応し、雰囲気は一気にまとまった感じに移っていきます。この辺りが本当に歴史と一致するのか、それとも演出の一部なのかはわかりませんが、見ている側に演出なんだろうなと思わせてしまっているように感じます。たしかにこの場面は最も盛り上がるところではあるのですが。
籠城もむなしく、秋月の降伏嘆願が受け入れられ長い戦いに幕が下ろされることになります。猪苗代の謹慎所に向かう中にいた八重を女であることを進言するという形で引き留めた尚之助。おそらくこの真意を八重が理解するのはもっと後のことなのでしょう。猪苗代に行っていたとしても、命はきっと助かるでしょうが全く別の道になっていたことでしょう。結果的に良かったのかどうかは分かりませんが、この時点で生死が分からない以上、尚之助の判断は正しいといえます。この2人のシーンはきっとこれで最後となるかもしれません。
次回からは、次の幕が始まることでしょう。戦争後の会津の人々、そして新政府の人々がどのように交錯しながら、物語が進んでいくのか楽しみにしたいと思います。
◆八重の桜紀行◆
福島県会津若松市
- 鶴ヶ城
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