2008年5月 04日
By: ぺんぺん
Category: 2008年_篤姫, ドラマ
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今回の大きな話題は2つありましたね。
まず尚五郎ですが、小松家に入ってお近さんと夫婦になるという話を斉彬から依頼され、小松家に入ることは快諾しましたが、お近さんと結婚することに対しては、「決め手がない」と悩み続けます。
この時代の結婚とは、政略的なものも多くあまりお互いの感情を考慮した結婚がないんだと思うのですが、本来であればやはりお互いにこの人と一緒にいたいと思ってするものですよね。
それを一番大切なことだと考える尚五郎の誠実さをすごく感じました。中途半端な気持ちで言われるがままに結婚したのでは相手に対しても失礼だし、幸せにすることなんてできやしません。
悩んでいるとお近さんがやってきて「自分は取り柄なんてない。諦めてくれ」と伝えますが、それを慰めているうちに尚五郎はお近さんのいい面を再確認し、自分が守ってあげようという気持ち、その決め手を得ることになります。
これで世に名をとどろかせる小松帯刀に近づいてきましたね。周囲からも今は、篤姫のことを吹っ切れているかどうか不安がられていますが、お近さんという伴侶を得て、将来が楽しみです。
2つ目の大きな出来事、それが篤姫の輿入れです。
安政の大地震で輿入れが延期になってしまい、周囲の環境もハリスが下田にやってきたり、様々な出来事があってごたごたしていましたが、ようやく話が進み始めました。
江戸にある薩摩藩邸での最後の夜。
これまで疎遠だった母上様から達者でという激励を受けます。この人も篤姫がいたからこそ、自分を見失う寸前で世のすばらしさを再確認できた人の一人ではないでしょうか。
さらに、斉彬からもこの婚姻における篤姫の最大の使命を伝えられます。
それは、篤姫がもし家定との間に世継ぎを産めなかった場合は、次期将軍を一橋家の慶喜とするよう家定や大奥の人々を説得せよというものだったのです。
おなごしかできない事があることは知らされていたんですが、斉彬が自分を御台所にしようとした最大の理由を初めて知る篤姫でした。
大奥から迎えに来た滝山も、波乱を予感させますね。でも、もう篤姫としては3回目の出来事なので、おそらく屈強もはねのけてくれると思います。稲森いずみが少しまだ慣れていないかなという印象を受けましたが、これからでしょうね。
2008年4月 06日
By: ぺんぺん
Category: 2008年_篤姫, ドラマ
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篤姫もずいぶんたくましくなりましたね。英姫に拒絶されてもひたすら何日もお会いできるまで粘り続けるところなど、一昔前では考えられないような成長を感じます。幾島も既に篤姫の流れに飲まれてしまっているような感じですね。ちょっと前のように篤姫を強く戒めるようなことはなくなってしまうんでしょうか。
そんな篤姫の夫となる家祥も朝廷より将軍宣下を受け、名を家定と改めることとなり、周りの環境も少しずつ整ってきましたね。
そんな中今日の中心はなんと言っても忠剛の死でしょう。
数回前から、病を隠すことができなくなり今回に至っては床から立ち上がることもままなりません。それでも斉彬が見舞いに来たときは何とか立ち上がり、於一に伝えることは何もないけど、自分が死んだことは伝えないで欲しいと遺言を残します。
そして、2月27日。忠剛は静かに息をひきとります。最後の場面で斉彬が篤姫に伝えた言葉が印象的でした。忠剛が篤姫に自分の死を伝えないで欲しいという気持ちも父としての気持ち、そしてそれを破ってまで篤姫に伝えたのもまた、父としての気持ちだ、と。
これまで、バタバタとあわててばかりいたけど、ここぞと言うときにはしっかりと父親としての威厳を示してくれた忠剛。篤姫の心には長く残っていくんでしょう。演じた長塚京三も好演だったと思います。もう彼を見れなくなるのは少し寂しい気もしますが、まだ見ることのない素晴らしい役者の登場を待っていたいと思います。
2008年3月 30日
By: ぺんぺん
Category: 2008年_篤姫, ドラマ
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薩摩藩邸に篤姫が入るときも、周りから思いっきり反対されたり嫌がらせにあったりしましたが、江戸でもどうやらそんな感じがしてきましたね。
大奥というのは、かなり閉鎖的なところで外部から異端児が来れば思いっきりそれを排除しようとして自分たちのワールドを守るという考え方があるのは、江戸という鎖国の時代だけでなく今の時代にも深く根付いている風習なのかもしれません。
始めに色々と篤姫に贈り物を送っていた英姫は、いざ会うという時になるとなかなか会わせてくれず、会っても篤姫ごときが御台所になれるわけがない、すべては斉彬の妄想だと言い放ってしまう。
あぁやっぱりなって思っちゃいましたね。
思えば、鶴丸上の時の広川と同じ状況ですね。広川とはその後何となく仲良くなって自分の世界に引きずり込んだ感がありますが、英姫の場合はどうなるでしょうか。
今となっては幾島が全面的に篤姫をバックアップしてくれているので、なにがあっても幾島が全てを解決してくれそうな安心感さえあります。
事の真相は来週わかるかもしれません。
一方、江戸に斉彬と共に行くことができたのは、尚五郎ではなく西郷。尚五郎つらかったでしょうね。なんで西郷なんだと思うかもしれませんが、下級武士でも西郷の有能さを見いだした斉彬は素晴らしいと思います。いずれ大久保もこうやって取り上げられていくんでしょう。
尚五郎もいい刺激を受けたのではないでしょうか。
2007年12月 17日
By: ぺんぺん
Category: 環境問題
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スペインでイベリコ豚を飼育するエドワルドさん。
この村では、イベリコ豚にドングリ(スペインではベジョータと呼ぶ)を食料として利用しています。このドングリを使った飼育方法をモレタネラといいます。
ドングリが採れる木は樫木ですが、大きくトキワガシとコルクガシの2種類があります。コルクガシとはよく聞くあのコルクのことで、実はドングリですが、木の樹皮をはいで乾かしたものがコルクになります。
スペインはポルトガルについで世界第2位のコルク生産量を誇っています。
このコルクは、1回木からはぐと、9年間ははいではいけません。じっくりと10年の歳月をかけて再生を待つのです。コルクガシは10年経つとそのほとんどが元の姿に戻ることができる、環境への影響を最小限に抑えることができ、人間とコルクの森が共生できるサイクルを形成しているのです。
ところが、最近大きな干ばつがスペイン国内で多発しています。
アントニオ教授によると、スペイン国内の多くの土地で砂漠化が進行しているのです。
主な原因は森林伐採。
近年、コルクの需要が徐々に少なくなり、ワインの栓などはコルクにかわって合成樹脂やガラスといったものが多く使われるようになりました。
その結果、コルクの生産者はコルクよりも、より生産性の高い松の栽培や耕作地に転換する用になってしまい、その結果コルクの森は伐採の危機に瀕しています。
コルクの森を守ろうと立ち上がったのは、スペイン人ではなくドイツ人。森林を買い取って再建への道を模索しています。
春風亭小朝が最後に言っていた言葉が印象的です。
「目が疲れたときに、目に貸しを作ったといいます。人間もいくら自分の土地とはいえ、長い目で見れば地球から借りているのです。そういう意味で地球に貸しを作っているのですから、大切に地球にお返しできる状況にしなければならないのです。
今回特殊なのは、コルクの森を守るためには、コルクを積極的に使うということ。
一様に森を傷つけてはダメというのではなく、森と人間が共生できている状況はそのまま残しつつ、明らかに人間が自然を凌駕する状況を排除するということが大切だと思います。
きっと文明が豊かになる前の時代、人と自然は共生し、先祖の人々はそれを生きる知識として後世に残してきたんですよね。科学やテクノロジーが進んだ今、その頃の知識を現代にマッチする形で復元してあげることが、共生復活へのヒントになるのかもしれません。
2007年11月 21日
By: ぺんぺん
Category: 日記
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男が女にいう言葉
たくさんありますが、春風亭小朝さんはとある番組でこう言っています。
「男は女に「愛している」とはよく言うけれど、「ありがとう」の一言をいうことってないんですよね。実はそれが一番大な言葉なんですけど。」
確かにその通りですね。自分は愛してるも言いませんが、ありがとうの一言を言う場面があまりなかったのかなと思います。
ほんの些細なことかもしれないけど、そういった一言が潤滑油になるんですね。